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2003年9月

2003年9月11日 (木)

本当のラストステージ

先日(9月8日)笈田敏夫さんのお葬式が築地本願寺で行なわれ私と家内、息子の3人でお別れして来た。

昔、よく一緒に仕事した仲間や日頃は顔を合わせることのないピアニスト仲間に再会することも出来た。しかし皆口々に「顔を合わせるのが誰かの葬式というのは寂しい」ともらしていた。

さて出棺の時間がやってくると外に待機していたシャープス&フラッツを主にした有志ミュージシャンの演奏で笈田敏夫ラストステージが始まった。

昔のダンスホールを彷彿させる曲の数々が流れる中、笈田さんの棺はゆっくりと霊柩車に納められ、喪主である奥様の挨拶の後、再び楽団の音楽とお別れに来た人達の拍手に送られ斎場を出て行った。

ステージに立つ人は最期まで拍手で送られるのが似合うとつくづく感じた。

せっかくの感動的な話の腰を折るようですが、この日は朝から何も食わずに行ったもんで葬式の後は腹が減って死にそうでありました。築地といえば何と言っても寿司ということで本願寺を出てすぐ寿司屋に直行いたしました。

これがまた旨い何のって日頃食ってる大久保の回転寿司の百倍うまかった。
これも笈田さんのおかげです。(合掌)

2003年9月 4日 (木)

音楽職人への路・道程その5 に書けなかったこと

曲目も言わないでキーだけ言ってピアニストがコードを弾くと歌い始めるのが一昨日(9/2)亡くなった笈田敏夫さんだった。
ほんとにいい加減?な人だった(笑)。でも憎めない人だった。
笑える思い出ばかりが私の頭の中を駆けめぐってる。「笈田さん!ホントに天国にいっちゃったの?」と日記には書いておこう。

2003年9月 3日 (水)

このホームページのようなホームページの看板がかわった!

新しい看板は村上京子作「洋ちゃんマーク」であります。
このマークの歴史は古く村上京子がシャイニーストッキングスのファンに送っていた「ザ・シャイニーズ・ボイセズ」という会報の看板に使われたのが最初であります。
当時のマークは髪型が七三分けで今とはちょっと違いますが鼻のでかさは変わりません。鼻のカッコは小林桂に遺伝したようです。
洋ちゃんマークは私の使っている五線紙の下にも印刷されてますが、お客さんにお見せすることはまずありません。私がお客さんの前で譜面をばらまけば別ですが・・・
よく考えてみたら自分のことを「洋ちゃん」なんて言って、ちと恥ずかしい気がしたと日記には書いておこう。

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