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2003年10月

2003年10月27日 (月)

どうでもいい事だが

愛の掲示板にて
「センスがあるのは、ピアノだけではないのですね!!」などといわれて(書かれて)
「私、一年中せんすをカバンに入れて持って歩いてます」と返したがこれは本当の話。
季節が冬だろうとステージの上は照明でかなり暑くなることが多く休憩時間などよく扇子(せんす)で涼む。
数年前、仕事で京都に行った折りに時間があったので高校の修学旅行以来初めて清水寺に行った。
参道脇の扇子屋のショーウインドウを覗くと、その場所に似合うとは思えないピアノ鍵盤模様の扇子が何故か飾ってある。
これも何かの縁と思い早速購入してそれ以来いつも持ち歩いている。

話はガラッと変わって、定食屋などに行くと大抵ご飯茶碗が左、みそ汁が右に出てくるがこれは右利きの人にとっては当たり前のセッティングなのだろうか。
私は右利きであるが、どうもこの置き方が嫌いだ。何故ならば右手で持った箸の先がみそ汁のお碗に引っかかってひっくり返してしまうような気がしてしょうがないのだ。
だからすぐにご飯茶碗とみそ汁を置き換えるのだが永年気になっているどうでもいい事のひとつだ。
なんでだろ~オなんでだろ~と日記には書いておこう。

2003年10月26日 (日)

寝違えたかな?

一ヶ月ほど前になるが山形県長井での小林桂コンサートに同行した時のこと。

前日、私達は他の制作スタッフと共に現地入りしてホテルのチェックインを済ませた後すぐさま近くの居酒屋へ直行した。

本番の前日でもありますから宴は程々にしてホテルに戻った。しかし寝るには早すぎるのでTVを見ようと枕を二つ重ねて横になっていた。(TVといってもアダルト番組を見たわけじゃありません。念のために・・)

酒が入っていたせいもあってそのまま寝てしまった。この二段重ねの枕がいけなかったのか翌朝目が覚めると左の肩甲(けんこう)骨がまさに不健康骨?になり、肩甲骨の内側、肩、腕の付け根、などが痛い。ヤバイ!寝違えたかな?

幸いピアノを弾くことには支障がなかったのでコンサートを終えそのまま東京に戻った。

しかし翌日もその又翌日も良くならないので近所の中国式マッサージに行ったが治らず、さらに目白の中国式マッサージにも行ってみたが治らなかった。

段々心配になり中野で鍼灸院をやっている私の兄の所へも行って治療してもらったが治らない。(マーサ三宅さんはここの常連さんで、最近は兄のほうが私よりマーサさんとよく話をしている)

その手のことに詳しいお客さんの紹介でカイロ(といっても暖めるカイロではない)とスポーツマッサージを組み合わせた治療室にも行ってみたがダメ。

その後、「上部頸椎専門カイロプラクティック」なるところに行き診てもらった結果、手応えというか首応えがあったような、なかったような・・・・

さて総合病院にて何科に行ったら良いのか判らず取り合えず内科に行ってしまった。胸部レントゲンと心電図の結果は正常とのこと。ちょうどその頃左側にある「親知らず」も痛かったのでその旨を医者に伝えると「それが原因じゃないの?」でハイさようなら。

後日、今度は整形外科で頸椎のレントゲンを撮った。すると頸椎の5番目と6番目の間が少し狭くなってるとのこと。11月早々MRIで詳しく調べることになったのだが結果は如何に。

高い枕はいけないということで家内や桂もすでに愛用しているテンピュール枕(枕は低いが値段は高い)を早速買って来てもらって寝ながらTVを見るために王様のアイディアで売ってる「ごろねスコープ」なる新兵器も購入した。まさにアホだ。

一ヶ月経って少しづつ痛みは取れてるが、やはり重たい感じは抜けない今日この頃である。

2003年10月22日 (水)

収録秘話

先日(10.17)放映された「フジ子・ヘミングの軌跡」の劇中でなんと!クラシック・ピアニストであるフジ子がジャズの歌伴(桂の歌うAll of Me)をするというシーンがあり、黒子ピアニストをやった。

フジ子役の菅野美穂という女優さん(実を言うと私は知らなかった)、なかなかの努力家だそうで私の弾く指の動きをビデオに録ってそれを見て覚えるとのこと。それが収録日(9.9)の一ヶ月も前(8.6)の話である。

そう言われても毎回弾き方は違うし一ヶ月も経ったら忘れてしまう。じゃあクラシックのように全部譜面に書いて弾くというのも面倒だ。
取り合えず出来るだけ収録日に弾くのと同じようにやるということでビデオに録ってもらった。

さて、収録日。まずは私のピアノの音録り、その伴奏に合わせて桂の歌入れ、をして音源を作ってしまう。
それからシーンの中でその音源に合わせて菅野さんはあたかもピアノを弾いてるが如く、桂は口パクで演技するわけだ。

私の役目は終わったので休んでいると、スタッフが呼びに来た。
行ってみると彼女の弾いてる姿が何となくシーンに合わずクラシックのピアノ演技?指導の人は現場に来ているのだがどうしたらいいか分からず助けを求めて来たのだ。

それもそのはず、ジャズの歌伴なのに鍵盤を見つめて「月光」でも弾いてるようだった。これじゃ誰が見たって曲想と合わない。そこで私の演技?指導が始まった。

まず鍵盤は見ないで(歌伴なのだから)歌い手の顔を笑って!見るよう言った。その次に体でリズムをとって上半身も少しリズムに合わせて動いた方がそれらしく見えると言った。(この寸前までピアノ指導の人に体は動かさないように言われてたらしい)

ようやくそれらしくまとまりOKになったが菅野さんがポツリ・・「リズムをとるってどういう事ですか?」だそうだ。

2003年10月 6日 (月)

暁ちゃんはデザイナー?

「いきいきいきもの展」なる12人のデザイナーによる絵の展覧会の招待状が来た。しかしデザイナーなんて誰もしらない。
すると12人の中にザ・室内バンドのバイオリン「高橋 暁」の名前があり、私が知らないだけで彼女はデザイナーでもあり私に招待状を送ってくれたのかと思った。

せっかく案内状を送ってくれたのだからと思い、足を運んだ。
飯田橋にある小さなギャラリーで各デザイナーのコーナーに6点ぐらいの小さな作品が並んでいる。

私は絵に興味がある分けではないので暁ちゃんが一体どんな作品を書くのかに興味があった。
なかなか「高橋 暁」コーナーが見つからなかったがギャラリーの一番奥にようやく見つけた。
ドキ!高橋 暁 は男性で私と同い年で山形出身と書いてある。
いったいこの案内状は誰が私に出したんだろう?

暁(あかつき)ちがいの口直しにそのまま新宿へ出て末廣亭にて落語を聞いて帰ったのだった。

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