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2004年2月

2004年2月29日 (日)

言葉の聞こえ方には注意 (その2)

これまた昔の話だが忘れられない冗談のような本当の話なのでここに記しておこう。

私が20代後半の頃、トラで歌舞伎町の変な店にピアノを弾きに行った時の話。(トラとはエキストラのことでレギュラー・ピアニストの代理)

その店のいかにもオカマの兄さんが「お客さんがいないので歌の練習をさせて下さい」とのこと、早速、彼は譜面を持って来たのだが私の苦手な歌謡曲ではないか。(彼は歌謡曲教室に通っていて、どうやら歌手を目指していたようだ)

知らない曲なので私は「この曲はどういうリズムですか」とたずねると、その兄さん譜面左上の鉛筆書きを指さして「先生がこれで伴奏してもらいなさいと言ってました」とマジに言っている。
そこには何と!「AとBと」と書いてある。
この時、私の顔は真っ青になっていたに違いない。
「エイとビーと」すなわち「8ビート」・・・・ウ~気絶する!と日記には書いておこう。

言葉の聞こえ方には注意

昨日のライブの休憩時間、控え室にて、あるトランペッターと最近のバンド状況について熱く語り合っていたとき事件は起こった。

トランペッターM氏の話題で私が「Mさんも愚痴をこぼしてましたよ」といったその時、ちょうど店の女の子が私達のテーブルのグラスに水を注ぎに来ていて「こぼしてましたよ」という言葉だけが耳に入ったらしい。

あわてた彼女、水のポットはひっくり返すは、水浸しになった床に足を滑らせて本人もひっくり返り大股開き、おまけにテーブルもひっくり返し、私達は飲みかけのコーヒー、食べかけのスパゲッティー、ナイフやフォークを頭からかぶる大惨事となった。

後半はフィクションだが、誤った言葉の伝わり方でこのような事が起こらないとも言えない。と日記には書いておこう。

2004年2月21日 (土)

ついに世良譲さんが逝っちゃった

最近、げっそり痩せた顔になっていたので心配していたのだが、残念だ。まだ71歳なんて若いのに・・・

ある休みの日に夕飯を食ってると電話がなった。「今すぐ池袋のホテル・メトロポリタンに来て」とベースの伊藤潮からだった。とにかく飯を中断してホテルに行くと世良さんが来てないので1ステージだけ変わりに弾いてくれとのこと。
なんでもJRの架線事故で世良さんが住む鎌倉からじゃ間に合わないとのことだった。

1ステージが終わった休憩時間に遅れてきた世良さんは私に「なんでも飲んだり食ったりしてくれ」なんて優しい言葉をかけてくれたもんです。

たしかバードランドでも同じように1ステージ変わりに弾いた記憶があるが、それは前の仕事が長引いて間に合わないというものだった。
まあ私にしてみればベテラン世良さんの代役をやらせてもらうなんてのは光栄な事であった。

いい加減なところも結構ある人ではあったが、まわりの人に細かく気を使ってくれる人でもあった。今頃は天国で好きな酒をガンガン飲んでるにちがいない。

2004年2月20日 (金)

Nature Boy の思い出

小林桂のニューアルバム「Nature Boy」が発売され、ファンの間ではそのCDの話題で持ちきりだ。

偶然ではあるが私も今の息子と同じ24歳の時に「Nature Boy」で忘れられない思い出がある。

その当時、私は毎晩、歌舞伎町のピアノバーでピアノを弾き、週末には、家内が歌いに来ていた。(その時お腹の中には桂がいた)

ある日、アラブ系の顔をした男の客が来て、やけに私のピアノを気にいってくれた。(私のピアノといってもピアノは当然店のもので、この時期私はアパ-トにピアノがなかった)
その男、なんでも石油関係の仕事で日本に来ているらしかった。

それから毎晩のようにやって来ては盛り上がっていた。そのうち、やはりアラブ顔(あぶら顔でもあった)の社長を連れて来て「マイ・ボス」とかいって社長の肩をたたいて、まるで友達同士のような雰囲気で飲んでいた。
ここが日本と違うところであり、仕事が終わった後は社長も社員も、上司も部下もないのだ。

また、ある日ピアノカウンターに座った彼の隣にある日本の若者が座り意気投合し、若者は飲み過ぎてダウンしてしまった。アラブ人は若者を一生懸命介抱していたが一緒に来ていた同僚のイギリス人は知らん顔して先に帰ってしまった。
やっぱりイギリス人はそいういう醜態を許せないようだった。

彼と話すうち、遠い故郷に残してきた家族が懐かしいと語っていたのが印象的だ。
そんな、ある夜、私の伴奏で家内が歌う「Nature Boy」をカウンターで聴いていた彼は目にいっぱい涙を浮かべて帰っていった。その後ろ姿を私は忘れられない。

2004年2月16日 (月)

ピアノの弾き逃げ?

息子も音楽活動10周年だそうだ。その10年間に何枚ものリーダー・アルバムCDを出している。というか出させてもらってる。

そのオヤジである私はというと30年近くも活動しているわりには1枚もリーダー・アルバムというものを出していない。

音を残すということは、音に対しての責任感が必要で、なかなか勇気がいるものだ。私のような興奮症はライブで「ピアノの弾き逃げ」のほうが性に合ってる。

そういえば今回のアルバム「Nature Boy」で数曲つきあってもらったフェビアン・レザ・パネさんは何と東京芸術大学、作曲科を出ているインテリジェンスあふれるミュージシャンである。

ジャズミュージシャンはその場限りが多いのだが(またそれが良いのだが)、今回、彼の録音に立ち会って彼の音に対する責任感というものを大いに感じた。

たとえばピアノでアドリブを録音して再び同じフレーズを一分のズレもなく見事に電気ピアノで重ねて弾いてしまうなんてのは屁のカッパ。(決して屁なんかしませんが)

これは彼が如何に意識してピアノを弾いているかという現れだと思う。これが、なかなか出来ないことなのであります。

2004年2月13日 (金)

慣れない洗い物に注意

わたくし一応ピアノ弾きでありますから指を怪我すると、ちょっとまずいのですが油断してると、やっちゃうんですな。

まあ昔の話ですがキャベツの千切りなんてのが大好物なもんで、よく包丁でサクサクと刻んだもんです。

そして忘れた頃に指を切るわけですね。バンドエイドを貼ってもピアノ弾くのは指先が結構痛いのであります。

最近ではめったにやりませんが洗い物ならすることがあるのです。
ところが包丁をスポンジで洗うときに何故か指を切っちゃたことがあるのです。

つまり左手で包丁の柄を握って、まずは右手で持ったスポンジで刃の左側面を洗い、次に刃先を手前に向けて、これがいけなかったのですが刃の右側面を洗ってたときにスーッとスポンジ越しにやっちゃったわけです。

これを教訓に包丁を洗うときは刃先を絶対に手前に向けずに外に向けたままスポンジで上側と下側を外に向かって洗うようにしております。おかげで、それ以後は失敗していません。

洗い物の話が出たところで食器を割ることもあるわけですが、家内は背が低いので手で持った食器と流し台の距離がほとんど無いので落としても割れにくいのです。

その点、私は長身、いや普通の背丈ですから手に持った食器が流し台から離れてしまうわけです。そうすると手から滑り落ちた場合、割れてしまうことが多いのです。
そこで食器を洗うときは出来るだけ流し台から持ち上げずに洗うようにすると良いということを発見いたした次第です。

女の人から見たら「だからどうしたんだ」ってところですかね。だからといえばポカリよりダカラのほうが好みであります。以上

2004年2月10日 (火)

近近両用?

41歳の夏、かなり強い近視のうえに、左目網膜の静脈が何カ所も切れた。(網膜静脈閉塞症といって糖尿病の人もなることが多い)
レーザー治療をしたが、視力は極端に低下してしまった。

その夏、晴海からサイパン、グアムを回る九日間のクルーズの仕事があった。乗ったのはオリエントビーナス号という豪華客船。

船室は二人部屋で、クラリネット奏者の花岡詠二さんと同室になった。長年の付き合いで気心は知れているが、朝などはお互いに起こさないよう気を使うものだ。
そんなこともあり、私は毎朝早起きをして、甲板にあるプールサイドで終日、日光浴をしていた。

海の上では、風が涼しくのども渇かず快適だったので、水分を取ることをすっかり忘れていた。今思えばこれがいけなかったようで、旅を終え晴海に着くと、左目で見える景色は暗くもやがかかっていた。

私の視力はそもそも0.0・・という、ど近眼で左目の方が幾分右目よりよかったのだが、その左目がちゃんと見えなくなったから当初はどうしようかと悩んだものであります。

まあ、頭の血管が詰まったんじゃなくて「不幸中の幸い」などと自分を慰めておりますが、「右目も切れないという保障はありませんよ」なーんて医者に言われるとドキドキ・・。

このようなガチャ目に近年は老眼がきてますからメガネのレンズもお高いのであります。よく遠近両用などと申しますが私のメガネは近近両用、つまり普通の近視とちょっと近視両用ということになります。

2004年2月 6日 (金)

涙の散歩

冬、外に出ると涙が止まらない。人一倍、私の目は冷たい空気に弱いようである。
であるから、朝(といっても午前10時くらいだが)の犬の散歩はたまらない。
左手に2匹の犬の綱を持ちつつ私の涙拭きハンカチを持ち、右手に糞拾い用ビニール袋を持って出かけるのであるが、北風が吹いてる日なんかは涙が止めどもなく出て来るので、ちょっと歩いちゃ涙を拭き、糞を拾い、またちょっと歩いちゃ涙を拭き、糞を拾いの繰り返しだ。
雨天の場合は散歩中止なので朝雨が降っていると犬に「アメ、コンコン」と言ってあきらめるさせるのだが、東京はなかなか雨がふらないのだ。
はやく暖かくなってくれと日記には書いておこう。

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