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2008年8月

2008年8月27日 (水)

恋する乙女ならぬ恋するオヤジ

私なんぞピアノの種類をあれこれ言えるような弾き手ではないのだが何年に一度は惚れ惚れするピアノに出会う事がある。

今日の昼間、新宿区のとあるホールで息子と二人で30分程のステージがあった。

ピアノという楽器、持って歩ける訳ではないので会場に行って音を出すまでどんなピアノに当たるか分からない。そして同じピアノだとしても会場との相性でそのピアノの鳴り方は違うしお客さんの入りや湿度、温度等によっても聞こえ方が違ってくるのだ。

今日出会ったピアノはリハーサルで一音出した瞬間にワタクシのイメージ通りの音がしたのである。こんな感触は本当に数年に一度あるかないかという感じである。

オリンピック競技の解説でもよく「力が入ってますね」という言葉を耳にするが、私の演奏もいつもより力まずに弾けた気がする。

そのピアノは前にも同じ感触を味わった事のあるオーストリアのピアノ「ベーゼンドルファー」であった。

数年振りにいい女に恋した。っていう感じだ・・・・・と日記には書いておこう。

2008年8月24日 (日)

頑張る

「頑張りま~す!」という言葉をよく耳にする。

「あることをなしとげようと、困難に耐えて努力する」「どこまでも忍耐して努力する」という意味らしいが「なしとげる」「どこまでも」、これらは日々向かう姿勢を感じます。

残念ながら今まで出会った「頑張りま~す!」と言った人でこの日々の姿勢を感じた人はほとんどいない。

某尊敬するギタリストと一緒に演奏して一番感じていたことは「音はやっぱり丁寧に出さなくてはいけない」ということだった。しかし彼の口から頑張るなどいう言葉は聞いたことがない。

某尊敬するサックスプレイヤーと話をして、やっぱり音楽「ドレミと1234」が命なんだと意気投合したが頑張ろうなどという話にはならなかった。

もしかすると「頑張る」という言葉は自分が言う言葉ではなく、本当の意味で頑張ってる人に対してそう感じた人が言ってくれる言葉なのかもしれない。

「題名のない音楽会」に息子の伴奏で出演した時、今は亡き羽田健太郎さんが私の演奏を聴いて「入魂の演奏」と言ってくれた。

誠に光栄な事であり、私が今一番大切にしようと思ってることかもしれない。

ちなみにワタクシ頑張りません。が、何のために音楽をやるかと訊かれれば音楽(という偉大な物)のために音楽をします。・・・・・と日記には書いておこう。(今回、マジ日記)

雑巾がけ

私が通った小学校、中学校の校舎は木造だった。

放課後、掃除当番は床をほうきで掃いた後、雑巾がけするのだが床も当然木であるからフローリングのように滑りが良くない。

床に置いた雑巾を両手で押さえ、腰を上げて床板の方向に沿って走るわけだ。

おまけに冬なんかは水が冷たく、指の感覚がない状態だった。

今住んでるフローリングの床の家に越して10年になるがボケ老犬のサブローが毎日辺り構わずオシッコをするのだ。

したがって私は10年間旅で家にいない時を除いて毎日雑巾がけをしている。

ひどい時には床を拭いて次の場所を拭いていると最初に拭いた床の上から又される。なんて事も多々ある。

そんな時はわざと困らせてやろうとしているに違いないと思うのだが犬はしゃべれないので何でか分からない。

しつけが悪いといわれても仕方ないが、そもそも私が頼んで犬を連れた来た訳ではなく、女房と息子の仕業なのだ。結局、誰も世話はせず私が毎日散歩をして、えさをやり、雑巾がけをしてるのである。しかしこの責任感も愛情であると自負している。

だがへバーデン結節のワタクシとしては雑巾がけは辛いのだ。一応ピアノ弾きなのに・・・・と日記には書いておこう。

2008年8月22日 (金)

加齢

年を重ねるごとに何かしらの病気になる。

○網膜静脈閉塞症で左目の網膜をレーザー治療してかなり視力が落ちた。この時は楽譜が読み難くなってしまってかなりへこんだ。

○25歳にしてなった水ぼうそうの潜伏していた菌で帯状疱疹になった。

○旅先で朝起きた時に寝違えたと思いきや七転八倒の日々、頸椎症であった。

○今度は右目がおかしいと思い眼科に行って網膜のMRをとったら「加齢」の症状だそうだ。

おやじがカレーライスばっかり食ってる訳じゃないのに「加齢臭」は「カレー臭」と勘違いしたのは私だけではないはず。

○数年前に左奥歯が痛いのでついに虫歯かと思いきや奥歯のさらに奥に親知らずがレントゲンに写っていた。痛くて我慢が出来ないようだったら抜くという事で様子を見る事になったのだった。

今回また痛くなったので医者に行くと今度は右奥歯で同じように親知らずがあるそうだ。しかし今回の場合は奥歯自体がぐらついているので問題は大きいらしい。さてこの先どうなることやら。

○相当昔から両手の指の第一関節が膨らんでコブのようになってるとは思っていたが痛くもかゆくもないしピアノを弾くのにも支障がなかった。

ところが数年前から少しずつ右手人差し指の第一関節が痛み出した。リウマチかもしれないと知人から言われて早速医者に行って検査したがリウマチではなかった。

最近ネット検索して見つけたのが「ヘバーデン結節」という原因不明の病気であった。女性に多い病気らしいが私は母のものが遺伝したようだ。

医者いわく、出来るだけ指を使わないほうが良いとの事。そう言われてもピアノ弾かないと食って行かれないと言うと、苦笑いしてた。

鎮痛消炎剤を塗ってごまかすしかないようだ。

子供の頃感じてた、父親の匂いってようするに加齢臭か・・・・私も息子にかなり昔から臭いと言われている。という事はとっくの昔から加齢臭を放っていたという事になる。

こうなったら多いにカレーライスを食って「カレー臭」を放とう・・・・・と日記には書いておこう。

2008年8月17日 (日)

勝ち負け

毎日テレビをつければオリンピック。

いつもオリンピックが始まると思うのが「勝ち負け」という言葉。

もはや人の能力の差を人では判定できない100分の1秒の世界をデジタル器で計って勝ち負けを決めているわけだ。

柔道なんかも本来の武道という見方からスポーツ競技として見た場合では勝ち負けの判定がかなり変わってきたようだ。

柔道、レスリング、体操、等々、試合時間以外は器械で判定できない種目となると人間の目に頼るしかない。しかし人間はどうしても主観が入る可能性が高いので判定の仕方も議論され頻繁に変化しているらしい。

子供の頃良く見ていたプロレスなら明らかな反則、スリーカウント、ギブアップなどで勝敗が分かりやすくて良かった。

ところがオリンピックを見てると何で今のが反則なの?とか自分のところにポイントが入ったと思ったら相手に入っていて気がついたら相手が勝っていた。なんて事もある。

人間はやはり競うことによって頑張れる動物なんだとつくづく思うのであります。マラソンなんかもタイムの事だけ考えて一人で走るのと戦う相手がいて駆け引きをしながら走るのとでは全然違うものなんだろうと思う。

体操とかフィギアースケートのように美しさを競うものを判定するのも人間。その人間の見方で判定が変わらない訳がない。だから判定の基準として技のメニューが用意されていて、それらを入れなければポイントがもらえないとかマイナス方式を使った採点方式が多くなるのであろう。

話は変わって音楽の世界もコンクールがあって、そのコンクールで優勝するといわゆる「箔が付く」というやつで有名演奏家になっていくわけだ。その判定もジャッジの主観で決めるのだから????という感じである。

私は闘争心がないという人がいるけれど心の奥にホントは負けたくない、だから勝負したくないという裏返しの場合もあるとも思える。

私も勝ち負けが出る事が嫌いで音楽の場合だったら「One & Only」が好きだ。という事は私は負けず嫌いなのかなぁ。と改めて思うのであります。

・・・・やっぱり勝ち負けか。と日記には書いておこう。

2008年8月 1日 (金)

柳澤愼一作品集

柳澤愼一さんと仕事をするようになって16年。
古くは「奥様は魔女」のダーリンの声の吹き替え。最近では映画「ザ・マジックアワー」、矢沢永吉と共にビールのCM等に出演。
その柳澤さんは元々歌手でありまして現在もスタンダードだけでなく多くのコミカルな替え歌を作っては披露してきました。

私は柳澤さんの作詞したものをちゃんと譜面にして残したいと思い、機会あるごとに歌詞を書き出してもらってはためてきた。

そして今年の初めあたりからもらった歌詞を譜面にする作業を集中的に行い、ようやくまとまったのである。更にそれを見た柳澤さんから折角だからちゃんと製本して本にしようという話が出て、いつもお世話になってるデザイン会社の社長Y氏の協力も得て先日完成した。

近年、何を言ってるか分からない日本語の歌が多い中で柳澤流のちょっと古い表現のものもありますが昔からある美しい日本語を使ったユーモラスな作品が多いのであります。

本といっても著作権の問題もありますので売るわけにはいきませんが印刷、製本代の実費を頂いてお分けする事は可能であります。

興味がおありの方はhttp://yo-pakurin.bbs.coocan.jp/にお知らせしております。

これは日記ではないと日記には書いておこう。

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