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2009年10月

2009年10月25日 (日)

天国の小川さんへ

昨日、山梨は笛吹市スコレーセンターにて小林桂コンサートがあった。一部は小林桂と安ヵ川大樹(ベース)、私(ピアノ)の3人でシックに。

二部は小林桂と地元社会人ビッグバンドの共演という事で私が書いた譜面と故小川俊彦さんが書いてくれた譜面を使って演奏した。小川さんの書いてくれた曲を演奏する度に息子はアレンジャー(小川さん)の紹介をしていた。

とかく、歌ってる人とか演奏してる人だけにスポットがあたりがちだが演奏者が自分でアレンジまでやっているならともかく別の人がアレンジしてくれたならば作曲者・作詞者と同様に大切な役割なのである。

かのフランク・シナトラのコンサートを聴きに行った時に驚いた事は曲の紹介をする際にまずは「この曲を僕のためにアレンジしてくれたのは○○○です」といって、その曲のアレンジャーを紹介していた事だ。そして作曲者、作詞者を紹介していた。つまり彼がどれほどアレンジャーに敬意を表していたかを察する事が出来る。

また、あるストリングスの人達が「ストリングスはアレンジ一発なんですよ」などという会話を聞いた事もある。(・・・汗!)

シンガーソングライターとか称して自分で作詞作曲して演奏してる人のアレンジも手がけた事があるが作られた曲が音楽的に幼稚だったりワンパターンであったりしてもアレンジャーはもしそれが仕事ならば書かなければならない。

結果的にその曲がアレンジ(のみならず原曲にも手を入れる事)によって見違えったとしても曲を作ったのが自分という意識からか最終的に整った曲の姿も最初から自分が生み出したものと錯覚してしまう人は無きにしも非ずだ。聴き手に至っては知る由もない。

話は戻って息子のコメントに「小川さんもきっと天国で嬉しく思ってくれてるだろうな」と感じた。・・・・と日記には書いておこう。

2009年10月19日 (月)

やっぱり気になる鉄腕アトム

JR高田馬場駅の発車ベル(音楽)は鉄腕アトムの主題歌なのだが前々からホームに立つたび気になってることがある。

歌の最初「空をこえて~」をハ長調で歌うとミ-・ミ-・ミ・ファ-・ファ#・ソ-となるのだが「空をこえて~」の「て~」即ち「ソ-」に付いてる和音が本来ならばC(ド ミ ソ)のはずがG(ソ シ レ)という和音が付いていて気持ちよくない。

さらにコーラス最後「鉄腕アトム」の「鉄腕」は「ファ#・ソ・ラ-・ラ-」となり「腕」即ち「ラ-」には本来F(ファ ラ ド)が来るはずなのだが何度聴いても私の耳にはファが聴こえずAm(ラ ド ミ)と聴こえて気持ちよくないのである。

高度?な音楽をやってるワタクシには気になるのである。いや高度じゃなくてコード(和音)で・・・・・と日記には書いておこう。

2009年10月13日 (火)

最近のお客様事情

先日オフィスにある女性からFAXが届いた。

女性「小林さんのピアノのファンの一人です。厚かましいお願いですが小林先生のピアノのCDが欲しいのです。一つでいいのですが先生のお勧めのCDをお願い致します。」(注)先生といわれても私の弟子ではありません。

私「残念ながら私のピアノのCDはこの世に存在しておりません。ただし息子(小林桂)のボーカルの伴奏で弾いてるものはいくつかあります。」

女性「ピアノだけのCDが無く残念です。世界的ジャズ・ボーカリスト小林桂さんが息子さんと昨日○○さんから伺いびっくりしました。そのCDをお願いできますか」

・・・・だと。

また先日あるジャズフェスで息子以外のバンドに参加。演奏が終わりステージを降りてくると一人の女性がやって来て「少しお話して良いですか?」とのこと。

私「小噺じゃなくてお話ですか?」・・・・急ぐ旅でもないので「ハイ!何ざんしょ」

女性「ボーカルの小林桂さんとよく一緒に演奏なさってますよね。今日、聴かせて頂きステキなピアノだったので小林洋さんのピアノのCDとかDVDが欲しくなりましたが、ありますか?」

私「ありません」「ステキなピアノは世界のヤマハです」

女性「まぁー!もったいない!」「じゃあライブとかで聴きに行くだけですね」

私「そうねー、息子のCDでは伴奏で弾いてるんだけどね」

女性「エー、小林洋さんて小林桂さんのお父さんなんですか?」

・・・・・だと。

2009年10月 9日 (金)

天国へ・・・・

心配された台風も去り、キンモクセイの花のにおい香る晴天の今日、ベーシスト横山諒一氏の告別式に行ってきた。

肺ガンが見つかってから2年半治療と演奏を続けてきたそうだ。本人は私などとは違って多くを語らない人だったので分からなかったが実は辛かったようだ。(当たり前か)

昨年の秋に同じ仕事で顔を合わせたのが最後になってしまった。しかし享年57歳とは早すぎる。きっと彼は一昨日の台風の風に乗って天国に向かったに違いない。

告別式の最後、お棺の蓋をする前にみんなでお花を入れつつお別れをするのだが故人の顔を見られるのも最後になるわけだ。この時、私の父が亡くなってからというもの、人は亡くなると魂は天国に行き、肉体だけが我々の目の前に残っているのだと思うようになった。

だからその故人の顔(肉体)を見ても悲しいというよりは「お疲れ様でした」という気持ちになるのである。・・・と日記には書いておこう。

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