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2011年12月

2011年12月30日 (金)

今年は三馬組にて終了!

12/29(木)銀座SWINGが私にとっては今年のピアノ弾き収めとなり、あとはうちで布団をひくのみであります。

息子の伴奏をするのは私をはじめとする3人とも昭和29年午年生まれの「三馬組」。このトリオ、同い年ということで何となくリラックスできると感じるのは私だけではないと思う。気がつけば譜面を見るために老眼鏡が放せない3人。もうひとつ息子に言われて気づいたのが3人とも奥さんがボーカリストということだった。

世間でいえば職場結婚ということでしょうか。これをバンド用語でいうと今ではほとんど死語ですが「ドンバとターウ」すなわちバンドと歌(歌手)ということになります。更に古くはバンドのことをガクタイ(楽隊)、リーダーとメンバーの関係を「バンマス※あるいは親方と兵隊」と呼んでおりました。 ※バンドマスター

すなわちSWINGでは息子(小林桂)が親方で父親である私とほか二人は兵隊という事になる。つまり息子は偉いのだ。が、それがどうしたんだ!・・・・と日記には書いておこう。

2011年12月27日 (火)

クリスマスイブにサンタならぬヨンタ現る!

パクリン1001合奏団、今回はクリスマス当日に「クリスマスにクリスマスソングを演らないライブ」として日程を組んだのだがお客さんが集まってくれるかやはり心配だった。しかし蓋を開けてクリビツ!定員近くの24人も集まってくれた。

クリスマスといえば普通ロマンチックなムードで過ごすであろう大切な日?にパクリンの音楽を聴きに来るという事はよっぽど、ヒ・・・・イヤイヤこれ以上は・・・・いや、もしかして実はパクリンのくだらない駄洒落話しを除けばロマンチックなのかも・・・・いや、とにかく集まってくださったお客様には感謝、感謝であります。

いつも本番前に一度集まってリハーサルをやるのだが、いつもは完成してるはずの究極(9曲)のメドレーが二日前の練習日にまだ出来てなかったのである。

既に多くのお客さんが来てくれることも分かっていただけに何とか究極~を完成させなければ!なんてドキドキした二日間であったが当日の朝10時頃やっと完成したのである。当然その後すぐに犬の散歩に行き風呂に入って銀座に向かったわけであります。

「今年のクリスマスイブは寝ずに譜面を書いていたわけで」なんていうMCをしていると景山ミキちゃんから「サンタは来たの?」と聞かれた。

サンタ(3タ)は来なかったけどヨンタ(4タ=酔っ払ったサンタ=私の想像上の人物)がゴンタ(5タ=犬のえさ)をプレゼントに持って来たと答えた。(ゴンタの話は作り話)

演奏曲としては趣旨からして1001本「L」の曲をやるわけであるがクリスマス当日のライブである以上パクリンの名においてアドリブやアレンジの中にクリスマス・ネタを入れない訳にはいかない。そんな中、メンバーもつられてチラチラ入れてました。いやいや結構、結構。そして無事終了したのだった。

久々の徹夜!死にそうだった・・・・と日記には書いておこう。

2011年12月19日 (月)

ハコ終了!

6日間続いた「ピカレスク・ホテル/赤坂レッドシアター」のハコがついに終わった。最後は特別企画ということで演劇の舞台をほとんど変えずに使った桂君のクリスマスライブで締めくくった。

今回は9回も公演がありマンネリ化するのが嫌だったので客入れの15分間の演奏はメモってる曲を公演中ダブることなく演奏し、後の3分は毎回違うクリスマス曲を開演まで弾こうと考えた。結果、私の記憶が間違ってなければ課題は達成したと思う。

そして最後の日は毎日適度に緊張して出ていた舞台がそのまま私にとっては住み慣れた家に帰って来た様なリラックスしたステージに変わり、さらにいつものスタッフや気心知れた息子やドラムの井川君との再会にうれしさを感じずにはいられなかった。

ミュージシャンもステージから降りれば、ただのオヤジであったりする訳だが(私は間違いなくそうだが)今回役者さんたちの舞台裏を見ていて共通点や違いなどを発見できて面白かった。

なにしろ役者さん達は皆私より若い世代の人達であり、住む世界も違うので安易に変なギャグや下ネタ話を出さぬよう気を使ってちょっと疲れた。その点、やっぱりバンドは良いね!やっぱりジャズって良いね!とつくづく思った。・・・・・・・と日記には書いておこう。

2011年12月16日 (金)

6日間のハコ生活

30年前、先日亡くなった芦田ヤスシさんのバンドで赤坂ミカドのハコに入っていた。その赤坂で久々に6日間のハコに入っている。とは言ってもお店のハコではなく劇場での劇伴である。(ハコとは毎日同じ場所で演奏する仕事をさすバンド用語)

ホテルの一室を舞台に繰り広げられる男女の二人芝居の二本立て「ピカレスク・ホテル」でワタクシがピアノを弾くのは客入れから芝居の導入、転換、カーテンコール。それぞれの劇中で一曲づつBGMを演奏するといういわゆる「待つのも仕事のうち」ということだ。

うち一番長く弾くのは客入れの15分間+導入3分間の18分間である。有難い事に本当のホテルと違うところは客入れ部分で毎日選曲、スタイル、ボリュームの制約もなく自由に弾けるということだ。というのも劇中は相当小さく弾かないとセリフ(生声)が聞こえなくなるからであります。

6日間9回の公演で昼の部と夜の部の間や劇中も休みがあるのでPCを持ち込んでショクナイでパクリン1001合奏団の譜面なんぞ書いてる。(ショクナイとは内職)

「小林洋様」の楽屋風景(鏡の前に音符入力用ミニ鍵盤がある) 

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奥に見えるのが客席で劇中黒いのれんをサッとくぐってこのピアノブースに板付くのだ。しかしピアノを弾くことよりその瞬間のほうが緊張するのだ。(譜面台にのってるのは台本でこれを追いながら弾くわけだ)

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仕事の帰り、夜の赤坂を歩くと30年前通った日のことが昨日のことのように思えて不思議な気持ちになる・・・・と日記には書いておこう。

2011年12月 2日 (金)

復活!

昨日、とあるパーティーの仕事にて脳梗塞のリハビリを続けてきたバンちゃんこと光井章夫さんがステージで歌はもちろんのこと、トランペットを吹いたのだ。

トランペットに関しては以前のようには鳴らないのだがサックス奏者のフォローを受けながらもバンちゃんの歌心は不滅だった。

光井さんはこの仕事を一度断ったらしいが主催者の強い要望でトライすることにしたらしい。

目標が出来たことで光井さんも度々私がピアノを弾いてるジャズバーに顔を出しては歌ったり吹いたりしてくれたのだった。

やっぱり目標を作るということは頑張れるものだとつくづく思う今日この頃である・・・・と日記には書いておこう。

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