★・・・と日記には書いておこう

2017年3月25日 (土)

2年8ヵ月振りの調律

1978年3月にこのピアノを買ってから今年の3月で39年経った。

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このピアノを何と2年8ヵ月振りに調律してもらった。主にウォーミングアップに使ってるので片手づつで和音もあまり弾かないので自分の耳の方が狂ったピアノに近づいていけるのであります。 つまり大した耳じゃないって事だ。(笑)

しかし高音部を弾いた後の音が残るのが気になっていて赤いフェルト布で多くの弦をミュートしてもらってる。(写真)

来年でこのピアノとも40年の付き合いになる。最初の家からマンションの1階、マンションの2階、更に1階、新大久保の1軒目、そして現在の家と5回もの引っ越しに耐えてくれて有難う・・・・・・と日記には書いておこう。

2017年2月28日 (火)

ジャムセッション!

近年ライブハウスではジャムセッションの日としてプロアマ問わず楽器や歌ったりするお客さんと一緒に出たとこ勝負的に演奏する日を設けてるお店が多い。

先日、仲間のミュージシャンに誘われてジャムセッションのサポート役(セッション・リーダーと言うらしい)で演奏してきた。恐らく私の音楽人生で初めての体験かもしれない。

ジャムセッションとなると当然選曲が問題になる訳で今時のジャムセッションではどんな曲が良く演奏されてるのかも知らないので本音はちょっと緊張した。

若い頃、「若いミュージシャンは曲を知らないから駄目だ」と先輩に言われてきたが、そういう先輩も若い時は知らなかった訳だから楽譜を渡して「これを覚えておけ」と言ってくれた方がはるかに効率的だと思っていた。

同世代のミュージシャン同士だって当然知ってると思っても互いにやってない事だって多々ある。

昔はジャズを譜面を見てやったらカッコ悪いみたいな風潮があったが流れの中で何処かしらいい加減な箇所や探り合う箇所があったと思う。そんな時間をうまくやれる事がプロ?なのかな?

昔、歌の伴奏で知らないバースをやるのにコードネームだけ書いたメモを渡された時には参った。インテンポならまだしもルバートで出来る訳がない。音符が書いてあっても伸び縮みが複雑ならポイントになる箇所の歌詞を書いておいてほしいぐらいだ。

歌の伴奏は耳で聴きながら音を出すのは当然だが目でもメロディーとコードの関係を見ながら音を出したい。

歌のエンディングは楽器と違い歌詞があり、適当にはできない訳だから簡単なものでも複雑なものでも譜面に書いておくべきなのだ。

ある先輩ミュージシャンで歌の伴奏をする時、歌手に「キーは何?」ってきいて何でも伴奏できる事を誇りに思ってる人がいた。

その先輩とある歌手の伴奏をする機会があり、彼女の出した譜面を見るときちんとしたエンディングが書いてあった。

演奏が終わりに近づいた頃、私は先輩に向かって「エンディングみて下さい!」と言った。それ以来その先輩から仕事を頼まれることはなくなった。・・・・・・と日記には書いておこう。

2017年2月20日 (月)

世にも優しく美しくハッピーな音楽会(復活第2弾)

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昨年の5月以来9ヶ月ぶりに開きましたが今回は早々と予約が定員に達してしまいました。今回お断りしたお客様には心からお詫び申し上げます。演目を記しておきます。

【1st Set】1. Stranger in Paradise  2. Isn’t It Romantic?  3.Bluesett   4.If I Should Lose You (2alto)  5.Once I Loved (2alto)  6. Baby It’s Cold Outside 7. But Not For Me

2nd Set】1. A Lover’s Concerto 2. When You Wish Upon A Star 3. Take Me Out To The Ballgame  4.The Five Pennies Medley(2alto)  5.Mr.Wonderful(2alto)  6.Tico-Tico  7.The Spring Song

Encore8. .Bossa For Peter

今回の感想を佐藤ハッちゃんがツイートしてくれたので転載します。『四分音符、ただの四分音符で「星に願いを」のメロディを吹くだけで、僕の視界は涙で霞む。宮野裕司さんは本当に素晴らしいサックス奏者だ。今日も感動しました!愛してます!』

「アンサンブル」ってホントにいいね!と日記には書いておこう。

2016年10月23日 (日)

母にやっと会えた

「今から行くから部屋にいてよ」と電話しても3分後には忘れてホームの友達と何処かに出かけてしまう事が度々。

先日もダメ元で家内と母のところに行ってみたが案の定不在。しばらく部屋で待つこと2時間ほど。

夕食時間の少し前になって戻って来たのでほっとした。

夕食を食べ終えたら恐らく息子と嫁が会いに来たことも覚えてないと思うとちょっぴりさみしいが一緒にいる間は楽しく話が出来るので救われる。

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母の部屋のテーブルの下に無造作に若いときの写真が置いてあったのでスマホで撮ってきた。

母曰く 「あんたは母親似だから幸せなんだ」とのこと・・・と日記には書いておこう。

2016年10月15日 (土)

久々の映画鑑賞

「シーモアさんと、大人のための人生入門」を家内と渋谷の小さな映画館で観てきた。

音楽の演奏を職業としている誰もが感じたこと、感じていることを89歳のシーモア・バーンスタイン(ピアノ教師)さんが静かに語っている。

彼は名ピアニストでありながら50歳でコンサート・ピアニストとしての活動を止め、以後の人生を「教える」ことに捧げてきた。

商業主義の音楽、宗教と音楽と楽譜の価値、緊張すること、姿勢のこと、呼吸のこと、等々音楽を深く深くを愛している彼の言葉に何度も涙が出た。

グレン・グールドの演奏(映画の中でもかなり長い演奏シーンが流れる)に対してシーモアさん曰く「彼がバッハを弾くとバッハではなく彼そのものになってしまう」という作曲者に対する敬意を払ったコメントが面白い。ということは見方を変るならばグレン・グールドはジャズだ。(私の意見ですが)

そもそも、この映画はイーサン・ホークという俳優が行き詰まりを感じて悩んでいた時にシーモアさんと出会い、彼の演奏と生き方に感銘を受けて作ったドキュメンタリー映画。

もう一度観たい映画だ。そして映画なのにピアノの音が素晴らしい。

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この映画を観て思い出したことがある。私が昔一緒に演奏していた素晴らしいプレイヤーで「弾けば弾くほど人前で演奏したくなくなった」ということで演奏活動を止めてしまった仲間の事。

彼は後年教えることが本職で演奏は仕事ではないと言っていた(映画の中でも同じことをシーモアさんが語ってる)が、その彼も肉体的に演奏が困難になったのが理由なのか自ら命を絶ってしまった。

私が活動を始めてから40年ほど、演奏家を取り巻く状況はあまりにも変わってしまって考えることが多い今日この頃。シーモアさんの数々の言葉に癒された・・・・・・・・と日記には書いておこう。

2016年9月 2日 (金)

Just A Gigolo

今日、Just A Gigoloを弾いてたら5月に亡くなったバンちゃん(こと光井章夫さん)が降りてきた。

この曲は光井さんと一緒に何度も何度も演奏した思い出の曲。

演奏を終えて曲の紹介をしようと思ったら涙が出てきて何もしゃべれなくなった。

光井さんは二十歳の時スタンダードが歌いたくてカタカナで歌詞を教えてもらって覚えたそうだ。英語としては不十分なんだと思うが音楽としては歌心がひしひしと伝わってきた。

少なくとも私には・・・・・・と日記には書いておこう。

2016年8月21日 (日)

近所の落雷で

我が家の電気系統がいかれた。

朝、顔を洗ってるといつまで経ってもお湯にならないので給湯器のリモコンを見ると電源が落ちていた。スイッチを入れ直しても作動しないので室外の給湯器のコンセント・プラグを挿し直したが改善しなかった。

メーカーに電話してみると同じようなトラブル続出で2日後の朝まで修理に来られないとのこと。この蒸し暑い中、シャワーも浴びられないなんて!銭湯でもいくか・・・・。

更に携帯を開けるとWi-Fiに繋がらないとの警告が出た。無線ラン・ルータを確認するとこれもまた電源が落ちていた。(写真の緑のランプが全部消えていた)

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リセットして回復したのだが今度はラン・ケーブルを使ってネットワーク接続してるコピーマシンが作動しない。また私の部屋の有線で繋いでるPCもネットに行けないことが分かった。

PCの設定が狂ったのかと調べてる途中で各部屋にラン・ケーブルで分配してるハブが作動してない可能性を思いついた。

ハブは浴室の天井にあるので開けてみると案の定電源が落ちていて作動してなかった。雷の過電圧で破損したらしいので新しいルータを買ってきて取り替えた。

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これでネット環境は元通りになったが風呂に入れないのが何ともはや・・・・・と日記には書いておこう。

2016年5月23日 (月)

光井さん復活もむなしく

2012年11月には光井さん復活!なんて日記を書きましたが5/15(日)に肺がんのため亡くなられました。83歳でした。

今日、お葬式はありませんでしたが光井さんの甥っ子さんや姪っ子さんたちと一緒に火葬とお骨上げに立ち会ってきました。

火葬の間、光井さんのことを「叔父ちゃん」、「叔父ちゃん」というみんなの会話を聞いてるとなんか下町っこの優しさを感じ、バンちゃんとして多くの人に愛されただけではなく、愛すべき叔父ちゃんの一面も知ることができて嬉しかった。

最後にお気に入りのハンチング帽とステージで着てた白いジャケットを棺桶に入れてあげたのが印象的でした。

光井さんが脳梗塞になる前も後もずっとバンちゃん※の横でピアノを弾かせてもらったことに感謝です・・・・・と日記には書いておこう。

※バンちゃんの名付け親は故芦田ヤスシさんで20歳の光井さんが芦田さんのバンドに入ってきた時、光井さんの豪快な性格から武将・塙 団右衛門(ばん だんえもん)のようだということで命名したとのこと。

2016年5月15日 (日)

「世にも優しく美しくハッピーな音楽会」復活!

この音楽会といえば2013年まで今や伝説?の「小林洋&ザ・室内バンド」で行っていた。だが今回「K-Sound Space 合奏団」により復活した。メンバーはヨウ・パクリンこと小林洋(Piano & Arrange)・小塚泰(Violin)・宮野裕司(Alto Sax)・佐藤”ハチ”恭彦(Bass & Alto Sax)の4人。

                    Yo"PAKURIN"Kobayashi (Piano & Arrange)16_5_154b_4
                        Yasushi Kozuka (Violin)16_5_153b_2
              Yushi Miyano (Alto Sax) & Yasuhiko"HACHI"Sato (Bass & Alto Sax)16_5_152b_2

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当日の演目は

(1st) 1.Tangerine  2.Like Someone in Love  3.カラスのエビス  4スパルタカス(2alto) 5.酒薔薇&初めての街で(2alto)   6.Mr.Lonely  7.New Cineme Paradiso

(2nd) 1.Take The Long “A”Train  2.哀愁のA列車  3.Love Me Teder  4.I’ve Grown Accustomed to Her Face(2alto)   5.I Can’t Get Started(2alto)  6.Silver Wedding Waltz  7.メタボリック賛歌  まさかのアンコール8.Over The Rainbow

5/15(日)場所はその名の通り K-Sound Space にて「世にも優しく美しくハッピーな音楽」を奏でることが出来て幸せな一日だった・・・・・と日記には書いておこう。

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2016年5月 8日 (日)

今年の母の日は

午前中、「午後行くから部屋にいてくれ」と母に電話した。

うちで咲いたバラなどを例によって家内が花束にしてくれた。(写真右端:せっせと花を選んでくれてます)16_5_8_4
花束を持って会いに行くと部屋にはいない。しかし私の誕生日の日、母に持って行った花は分けてきれいに生けてあった。

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午前中に電話してもお昼を食べたらリセットしてしまったようです。1時間半ほど待ちましたが結局会えず手紙を残して帰ってきました。

まぁ、社交的な92歳の母ですから友達と楽しくやってるようで安心・・・・と日記には書いておこう。

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